2019年08月07日

フィルムで撮るということ

写真が趣味です。という人は、今では99.9%デジカメで写真を撮り、その画像をパソコンやスマホで観賞し、SNSに投稿するということを楽しんでいると思います。
それに対し、フィルムで写真を撮る人は写真を撮り、現像し、スキャンしてデジタルデータ化し、その画像をパソコンやスマホで観賞し、SNSに投稿する。と結果としてはデジタル派と同じかもしれません。
が、現像、スキャンを写真店に任せるにしても途中のプロセスは存在するわけで、ここのところをしっかりと主張したいというわけです。
本来は、あとから来たデジタル派が、「趣味はデジタル写真の撮影と鑑賞です!」と言ってもらい。フィルム派は「趣味は写真です。」と言えばよいのですが、デジタル派の人々はデジカメで写真を撮ることが写真撮影=製作でしょうから、このような言い方をしてくれるとは思えません。
であれば、フィルム派が「趣味はフィルムで写真を撮影し(自分で)現像し、フィルムをスキャンし適宜調整し、自分の写真とすることです。」と言わねばならないだろうと、まあそういうところでしょう。
なぜこんなことを言うかというと、昨日、フィルム時代の写真の納品形態をお聞きして思いついたからです。
写真とは何か?
社会における経済活動に必要な製作物で、昔はポジ、プリントの形態で存在し、最終形態は、書籍、パンフレット、チラシ、ポスターなどの印刷物となること。
そのために必須のアイテムがフィルムであったわけで、そのためにフィルムカメラとフィルム、それに付帯する諸アイテム(フィルターなど)があったわけです。
それが、現時点では撮影済みのデータとパソコン&保存媒体が取って代わっている訳ですね。

写真の主な存在意義は、仕事です。趣味ではない。写真のシステムは仕事のためにあるのですから、そこにフィルムが必要なくなった時点で、フィルムと機械式カメラはこの世から姿を消すというのが定めなのでしょう。
現に、映画の世界ではすでにフィルムも撮影キャメラも新品は存在しないはずです。
それに対して、写真は、新品フィルムカメラは殆ど潰えましたが、フィルムはまだ販売されているし、モノクロフィルムを一旦製造中止した富士フィルムが再発売と嬉しいニュースもあります。
写真の存在意義が仕事以外の趣味にもあり、その需要で企業にも利益があるとは言えないまでも何とか存続してゆけるということなのでしょうか。
いや、そんな楽観できるような状況ではないと思います。
新しい(正確に作動する)アナログ(フィルム)カメラは、もう出現しない訳で、それらを保有している私たちが写さなくなり、最近増えだした(ような気がする)若い人たちが飽きてしまえば、フィルムはあっさりとこの世から消えてゆくのでしょう。
でも、自分で露出を決定し、場合によってはピント調整も自分で考えて撮り、現像までも自分でやるというのは、楽しくないですかねぇ。
それをやってこそ、「趣味は写真です!」ではないでしょうか。
あっ  デジタル派を攻撃しているわけではありません。私自身もデジカメは使っていますし、フィルムのスキャンなどは、完全にデジタルシステムに取り込まれています。
対立でなく、共生してゆければいいな〜と思う、今日この頃であります。
img515.jpg

こんな写真が好きです。暑い日差しが撮れたかな〜なんてね。
posted by 小倉工場 at 23:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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