2021年03月30日

DD51

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今年のダイヤ改正のニュースは185系の引退がメインのようですが、私にとってはDD51の定期運用が無くなったというほうがショックでした。
DD51というと、SLの淘汰に貢献した大敵で、赤鬼とか呼ばれていましたが、実は私嫌いじゃなかったんです。
というか、隠れファンだった。
だって恰好好いじゃないですか。
キャブの正面、大きな二枚窓 ゆったりとした車長・キャブ それまでの凸型ディーゼルってのは小型がほとんどで機関車というよりも入換用の機械というイメージが大きかったのです。(個人の感想です。(笑))

初めて実車を見たのは昭和45年の7月、五日市での林間学校の帰りにD51507との回送重連で、拝島駅でした。(慣熟運転だったのかもしれません。)
「あ、八高線のSL廃止が近いな」とは思いましたが、それより先に、「これからはDD51が身近に見れる!」というのが偽らざる思いでした。
その秋に八高線から蒸気機関車はなくなったのですが、DD51は結構撮りに行っていました。
それから50年 いろいろな車両が引退していきましたが、DD51は永遠に無くならないなんて、勝手に思っていたんですね。
私の鉄道趣味歴とほぼ同じの運用歴となったDD51に感謝といったところです。

写真は、昭和45年8月 拝島駅でのD51ですが、左にちらっとDD51が写り込んでいます。
実は、これが私の撮った初めてのDD51だ!ということについ最近気づきました。
それと並んで顔が半分写っているのは小学校の同級生だったH君 中学は違ったのですが1年の夏休みまでは一緒に写真を撮りに行っていたんですね。今思えば、私を鉄道趣味に引っ張ってくれた有難い人物です。
お元気ですか?


こちらは八高線でのお気に入りのショット 折原付近
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posted by 小倉工場 at 00:17| Comment(0) | 鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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